Beatlemania's Blog ~ビートルズ研究~

ビートルズ・ファンがビートルズについて調べたことを書くブログ

The Beatles「White Album」いつビートルズは仲違いしたのか。なぜ解散したのか。-370- 【Honey Pie】

TV番組「James Paul McCartney」1973年



【 Honey Pie 】 -3-

 


ポールの音楽的ルーツは何か

 


【資料】

1920年代に流行ったディキシー調のジャズのサウンドにアプローチ
している。

(The Beatles Remastered CD Guide P.158)

 


この曲のジャンルはジャズだ。
それも初期、1920年代のジャズだ。

 


【資料】

When I'm Sixty-fourにつづくポールのボードビル・スタイルの作品

The Beatles Sound Book Vol.3-2 Official Numbers P.43)

 


前作のアルバム「Sgt. Pepper's」にもジャズの曲が入っている。
それがポールの曲、When I'm Sixty-fourだ。

 


【資料】

英国ブルース以前、フォークを除けば唯一ドメスティックな
音楽だったトラッド・ジャズの再現とも捉えられる重要な作品

レコード・コレクターズ 1996年11月号 P.47)

 


戦前にジャズはイギリスにあった数少ない音楽のジャンルの一つだった。
そんな昔のジャズを再現した曲がHoney Pieだ。

 


【資料】

ポール自身、ジャズというイディオムを意識する時
バップなどの難しいそれではなく、父との思い出を加味した
柔らかな白人のジャズをこころに灯す

(McCartney Music P.380)

 


ポールにとってのジャズとは難しいタイプのジャズではなく
父が好きだった白人のジャズだ。

ポールはフレッド・アステアが好きだった。
白人による白人のためのジャズだ。

ポールはTV番組「James Paul McCartney」でステッキを持ち燕尾服を着て
女性ダンサーを並べてフレッドのように踊った。これがポールのジャズだ。

 


【資料】

Honey Pie

ポールはパロディの対象とされた曲よりも響きがよく、より洗練された、
より現実的で、より本物らしく聴こえる作品を書くことができた。
1920年代のラグタイム風ナンバー

ジャズ・バンド時代にこの手の古いミュージック・ホール・ソングを
演奏していた父親宛てのちょっとしたプレゼントである。
この手の曲の例にもれず、語り調のスローな導入部からスタートし
それが終わると一気にテンポアップ

ビートルズ・リリックス名作誕生 P.384)

 


ポールは1920年代の昔のジャズを意識してHoney Pieを作った。
ポールは元の参考にしたものよりも優れた作品を作れる。

ポールの父はジャズ・バンドで演奏していた。
ポールが参考にした昔のジャズを演奏していた。

Honey Pieはそんな父親へのプレゼントの意味もあった。
昔のジャズは最初スローで始まって一気にテンポアップする。

まさにHoney Pieはそうだ。
父親の好きな昔の白人のジャズ曲を作り父親にプレゼントしたのだろう。

 


【資料】

ジャズは世代的には、ポールの親の世代の音楽。
1930~40年代の黄金期のジャズを、ポールは子守唄代わりにして育った。
そして、ジャズ・ミュージックはポールの胸に深く深く根付いた

(McCartney Music P.379)

 


ポールは父親を通してジャズに触れジャズを聞いて育った。
ポールにとってのジャズはあたりまえのように生活に溶け込んでいた

ポールは1950年代にロックン・ロールに出会って夢中になったが
ロックン・ロールより早くからずっと身近にジャズを聴いていた。

生まれてからずっと周囲にありずっと好きだった音楽だ。
ポールの音楽のルーツはジャズだ。途中からロックン・ロールが加わる。

ビートルズはロックン・ロール・バンドだから封印していたのだろう。
でもルーツにはジャズがあり身体に染み付いている。

無意識にルーツのジャズがポールからビートルズの音楽に入っていく。
一方、意識的に作ったジャズの曲がWhen I'm Sixty-fourでありHoney Pieだ。