Beatlemania's Blog ~ビートルズ研究~

ビートルズ・ファンがビートルズについて調べたことを書くブログ

The Beatles「White Album」いつビートルズは仲違いしたのか。なぜ解散したのか。-127- 【Revolution】

f:id:fuyukishigeru:20211220225853j:plain

Link Wray



【 Revolution 】 -6-

 

ジョンのディストーション・ギターはどこから来たのか

 


【資料】

ジョンが影響を受けたグループのひとつとしてザ・フー
名前をあげた。

(怪傑ビートルズの伝説 P.69)

 


ザ・フーからの影響をあげている。
ジョンのディストーション・ギターはザ・フーからの影響だろう。

ザ・フーのギタリストであるピート・タウンゼントはリンク・レイに影響を受けたと
言っているのでジョンのディストーションの元祖はリンク・レイだろう。

 


【資料】

ラウドさに磨きをかけたザ・フー
ハード・ロックの礎を築いたクリーム、
鮮烈なデビューを飾ったジミ・ヘンドリックスらにより
Rock'n Rollが過激な変化を遂げていた頃だ。

負けず嫌いのジョンは彼らを強く意識し
誰よりもダーティーサウンドのレコードを作りたいと考えていた。

(大人のロック ザ・ビートルズ サウンド革命の全貌 P.83)

 


ジョンはザ・フージミ・ヘンドリックスを意識していた。
ラウドでダーティなサウンドを作ると見ていたのだろう。

ジョンも負けてはいない。もともとビートルズはラウドでダーティな
サウンドを作るロック・バンドだとの自負があるのだろう。

 


【インタビュー】

ジョン

I Feel Fine
エレクトリック・ギターのリフもそれからレコードで初めて使われた
フィード・バックもどちらもぼくのアイディアだ。
フィード・バックをあんなふうに使ったレコードがそれ以前にあったと
言われてもぼくは認めない。
ヘンドリックスよりもザ・フーよりも誰よりも早かった。

(プレイ・ボーイ・インタビュー 1980完全版 P.304)

 


ジョンはジミ・ヘンドリックスザ・フーをライバル視している。
負けたくないと思っている。

 


【資料】

「I Am The Walrus」
ボーカルにディストーションをかけてみたところ
ジョンはいたく気に入り以後はどんな音にもディストーション
かけたがるようになった。

(大人のロック ザ・ビートルズ サウンド革命の全貌 P.83)



最初にディストーションを具体的にかけたのはI Am The Walrusだった。
それからディストーションを使用するようになった。

 


【資料】

「Revolution 1」
ジョンはこのときもギターにディストーションを効かせる気満々で
臨み他の楽器への干渉も考えずに自分のギターのボリュームを際限なく上げていった。

ジェフ・エメリックはプリアンプをオーバー・ロードさせ強いディストーション
効かせた。

(大人のロック ザ・ビートルズ サウンド革命の全貌 P.84)

 


ジョンはディストーションをRevolution 1のギターにかけた。
RevolutionからではなくRevolution 1からすでにギターにディストーションをかけていた

 


【資料】

「Ob-La-Di,Ob-La-Da」

作業途中でミスによりコンソール内でオーバー・ロードしたアコースティック・ギター
音がポールの今のいいねという一言でOKテイクにも採用された。
昔のブルースで聞けるようなローファイでダーティーサウンドを好んでいた。
意図的にレベルを最大に上げてアコースティック・ギターを録音。

(大人のロック ザ・ビートルズ サウンド革命の全貌 P.84)



Revolutionの録音の直前に録音したOb-La-Di,Ob-La-Daの録音で
アコースティック・ギターディストーションがかかった。

それは偶然のミスでコンソール内でオーバー・ロードしたものだった。
ジョンはこの時のことを覚えていた。

 


【資料】

「Revolution」

ジェフ・エメリックがプリアンプを2台連結して思い切り歪ませた音を
直接コンソールに入力した

(大人のロック ザ・ビートルズ サウンド革命の全貌 P.84)

 


ジョンはジェフ・エメリックに要求したのだろう。
ジェフ・エメリックはプリアンプを使用してディストーションを作った。

この録音は当然EMIの規定では禁じられていただろう。
ジェフ・エメリックは規定を破ってジョンの要求通りに音を作った。

ジェフ・エメリックは会社から責められなかったのだろうか。
ジェフ・エメリックのストレスにはならなかったのだろうか。

 


【年表】

1968年7月10日
Revolution録音
1回目

1968年7月16日
ジェフ・エメリックが仕事をやめた。

 


録音が開始されてから6日目にジェフ・エメリックが仕事をやめた。
ディストーションでの規定違反は仕事をやめた理由ではなかったのだろうか。